氷河期寓話 赤ずきんと蝶々 2
旅立ち
オオカミは赤ずきんが見たかった風景を通りながら言いました。
「君が帰って来るまでに、おれたち古い世代は居なくなっているだろうけれど
決して消えてしまうわけじゃあないんだ、君が思い出してくれる間は。
思い出も、君の血肉になって暖かさを持ち続けるんだ。」
花畑も小鳥の森も、行ってみれば大した距離ではありませんでした。
オオカミが近道を知っていましたし、赤ずきんも背が伸びてしっかり歩めるようになっていたのです。
赤ずきんが、もう会えないのとたずねるとオオカミは言いました。
「翼を持った小さなものになって、君に知らせを出すよ。」
遊び心のなさで生き残る
赤ずきんは商家の奉公人になっても勤勉でありました。
働きぶりを気に入られて勉強を教えてもらったり、立ち振る舞いを美しくするよう躾けられました。
やがて美しい娘に成長した赤ずきんは、商家の主人が持ってきた縁談を受けて結婚しました。
見合いと言っても取引先の子息で、二人は互いにこの人ならと思ったのです。
生真面目で面白みに欠けるくらいの二人でしたが、赤ずきんの夫は街をよく知っており、デートに連れ出してくれるのでした。
やっと寄り道を覚える赤ずきん
無口で朴訥とした青年だと思っていた彼を、いつかのオオカミのように頼もしく思いました。
彼の手を離さず、歩みを合わせて生きていくのは幸せだと彼女は思いました。
大不況や大型店の台頭により、二人の店は苦戦を強いられましたが、どうにか乗り越えました。
彼女は奥様の座にあぐらをかかず、自ら店頭に立ち働きました。
時には疲れ切り、時には夫と喧嘩もしましたが、乗り越えてきました。
時々、夫の肩に蝶が止まっているのを見て、オオカミの森と不器用だった自分を思い出しました。
寄り道をしない赤ずきんは、夫と仕事をしながら街をうまく歩けるようになって行き、寄り道ついでに用事を済ませたり、一息ついたりする力をつけて行きました。
幼い頃思い描いていた、お嫁さんか勤め人になるという夢を両立することになりました。
子供のころは当たり前だったお嫁さんという職業は無くなってしまっていました。
暖かさを繋ぐ物語
子供を授かった彼女は、寝物語にオオカミの森の話をしました。
おばあさん、どうしてそんなに・・・
夫は傍にいてその思い出話をよく聞いており、僕もその森を君と見てみたいと言うのでした。
赤ずきんは母からの便りで、あの森はリゾート施設になってしまったのだと聞いてはいましたが、いつかのオオカミの言葉を思えば、決して消えはしないのだと信じたいのです。
ああ、子供の頃くらいはもっと寄り道を楽しんでおけば良かった。
幼い頃信じていたこと、大人の言う通りのいい子でいさえすればきっと幸せになれるということは、時代が許してくれませんでした。
お嫁さん(専業主婦)にも勤め人にもなれませんでしたが、運よく商家のおかみさんになれました。
苦労はたくさんありましたし、これからもきっと乗り越えなくてはならない事はあるでしょう。
そんな時はいつも、どうしてそんなに・・・どうしてこんなにも・・・と、幼いころのように自分に問いかけます。
赤ずきんだったおかみさんは、開け放した窓から小鳥が入ってきたときや、夫や子供の傍を蝶々が舞っているのを見る度に、オオカミとの小さな寄り道を思い出すのでした。
ある夜、子供に寝物語をしているとき、どうしてそんなに・・・と言いかけた時
不意に寡黙な夫が言いました。
「君を好きだからだよ。」
おかみさんは報われた気分と、夫からの愛をかみしめながら
あの森にあったものすべては死にはしないと思うのでした。