氷河期寓話 白雪姫 3、鏡の真実は
ヴァルキリー、四十路を前にして戦「乙女」の称号は恥ずかしい。
「ママ上、無事に亡命できたのね!
でもどうして再婚なさろうと思ったの?まさか、愛のない政略結婚なの?」
「違うわ、ちゃんと恋愛結婚なの♡。
子供たちが居るC国に出戻って、離宮で隠遁生活をしている間に、七人の騎士さま達には本当にお世話になったの。
まず息子の即位にご協力いただいて、結果的に皇太后の地位を貰うことになったの。
しばらくは息子の国政を手伝って、地位が安定するまで見守った。
娘も無事に嫁に行ったのを見届けた。
その間にほとぼりが冷めるのを待ったわ。私、D国では政治犯にされかけた身ですからね。
それから、騎士団が侍従と通訳、ボディガードを付けて下さったから、生まれて初めて公務以外の自由な旅行に行けたの。
今まで手紙とニュース映像でしか知らなかった、国境なき騎士団に会いに行けたのよ。一私人として。
もちろん国境なき騎士団のロイヤルチートを効かせて頂いたから、そんな贅沢でワガママなことができたのだけれど。
その時の各国ファッションレポートが、『オシャレ魔女ジーナ』の元になって、シリーズ化したの。
執務室の魔女は忌わしいあだ名だけれど、逆にお洒落の魔法使いになれたのは嬉しかったわ。これは自費出版して自分で営業から始めたもので、ほぼ実力なのよ。
貴族文化が転覆して市民文化になったD国でも認められたのは意外だけど、ほんとに魔法みたいだった。
そして、国境なき騎士団から素晴らしいプレゼントのご提案をいただいたの。
『この世界の誰であっても、私が恋をして選んだ人と再婚させて下さる。そして最期まで見護る』って。
そうして選んだのが貴女の父上よ。」
「ちなみにパパは二回結婚して、両方とも恋愛結婚だぞ。
アンジーとは政略結婚だったけど、お互いに初恋同士だった。10代の甘い恋と身を裂かれるような別離だった。
自由の身になったイーズちゃんには猛アタックした!40手前にして尊敬婚てやつだ。
普通は女子が年上男子に尊敬と憧れを持って惚れるんだけど、ウチは逆だね、パパの方がベタ惚れだね。」
「なんか聞いてて恥ずかしいんだけど、そうなんだ・・・アンジーママもママ上も、ちゃんと恋愛結婚だったんだね。
なんだか良く解らないけど安心した・・・。」
白雪姫は、『お国の為』に生れたのではなく、愛のある両親から生まれたことに、なんとなく安心感を覚えたのだった。
父が亡母を忘れられないことも、再婚を頑なに拒んでいたのも知ってはいたのだが、改めて聞くことも、あえて訊ねることもしなかった。
父からの愛が、義務感だけのものだとは思っていなかったし、父はうるさいが大好きだ。
これからは、継母と父のうるさいバカップルに挟まれて、うるさいなりに幸せな家族になって行くんだ・・・
白雪姫は緊張と忙しさから少し疲れて、ウトウトしてきた。
王は姫をそっと抱えると髪にキスをし、布団に運んで寝かしつけた。
「君の髪は日向のにおいがして好きだ、パパはまだ白雪ちゃんを離さないぞ。」
何年ぶりだろうか、白雪姫は父にくっついて眠った。
イーズも隣に来て寝顔を覗きこんだ。
幼いころ、若かった父母に両手を引かれて歩いた日、挟まって川の字で眠った日、病床の母の前で、父が涙をこらえる姿に酷く不安を覚えて、泣きだしてしまった日・・・
あれ?パパ、なんかくさい?大好きなのに・・・かっこよくて頼りになって、ハンサムなのに・・・くさいとウトウトと思いながらも、白雪姫は幼い頃の夢をみていた。
異性の家族を臭く感じるようになるのは、ある意味健康な成長の証拠だ。
王とイーズは、姫の寝息を聞くように、しばらく見つめながら今は亡き天使のことを想った。
アンジェリーナ、24歳の若さで旅立った彼女は二人にとって大切な家族で、文字通り天使だった。
天使の願った通り、ま白き肌と漆黒の髪、赤いくちびるを持った美貌の姫君・・・実際は髪色がちがうだけで亡母にそっくりな娘に育った。
部活やバイトで日焼けするから、そばかすを気にしていたアンジェリーナにますますそっくりになった。
白雪姫が鏡の真実を見る日
「あの鏡は、いつ姫に見せたらいいだろうか?」
王は姫を起こさぬよう小声で言った。
「この子が失恋の悲しみを知った時か、アンジーがこの子を産んだ19くらいか、元服記念か・・・」
イーズも決めかねているようだった。
「失恋の痛みか、いつになるんだろうね。この子はまだ恋を知らないからな。
それに、姫を傷つけるような男は、このフィリップ王が生かしてはおかぬ。」
「あなた、そろそろ子離れを考えておかないと。この子を嫁に出す時に国民の前で号泣することになるわよ。」
「あ、今 あなた って言った。陛下じゃなくて、あなただった。」
暗君は破顔一笑し、魔女はそれを見て微笑んだ。
「君は顔以外は、『アンジーに似てない』だから惚れたんだ。」
家族三人で川の字になって眠った。
両親は、姫の寝相が最悪だということを知った。
世界で一番美しいのは
真実の鏡というのは、白雪姫が5歳のとき病死したアンジェリーナ后からのビデオレターだった。
病床の妻の手を握り名前を呼び続ける王と、最期の言葉を遺す后の姿を映したもので、一枚のディスクだった。
男児を産めなかったことを詫びる妻と、君と姫さえ生きていてくれたらいいという夫。
娘の身を案じどこへも行けないとつぶやく妻、どこへも行かないでくれと懇願する夫。
白雪姫、イザベル。わたくしは少女の頃から許嫁の王子様にずっと憧れていたの。
王室カレンダーを宝物にしていてね、
ポニーを可愛がって、汚れた作業服を世話する王子の姿・・・公立学校で学ばれていたり、学友たちとボール遊びしたり、書庫で居眠りしてたり・・・
なんて安全でおおらかな国なんだって思ったわ、わたくしもこのなかに入れるのかしらって、心配もしたわ。
王宮しか知らないわたくしには、王子様はとても自由で生き生きとした少年で、公務で会った時の印象とは別の顔を持っていて、最高に魅力的だった。
馬術や剣が得意で、大会優勝の写真も大好きだった。
政略結婚以前に、もう彼に恋をしていたの。仲良しのお姉さまも一緒に、彼に夢中だった。
「ありがとう、ありがとう、僕の天使。無理をしないで・・・」
隣国のニュースでちらりと映っただけで、ねえさまと大騒ぎしてたの。ふふ、おかしいでしょう?
「王でも皇太子でもない、ただのフィリップを愛してくれたのは、君だけなんだ。」
白雪、あなたも幸せになって・・・今のお転婆のまま、すこやかに、幸せでいて。
どうか幸せに、お願いよ・・・
「僕の天使、君は世界で一番美しい。世界で一番大切な宝なんだ
世界で一番・・・
世界で一番・・・ 」
魔法の数々。
魔女はもう政治からはリタイアし、就活メイクや証明写真メイクのアドバイザーをしながら国内を駆け回るようになった。
ちょうど就職活動中だったシンデレラも、魔女の著書を愛読していた。
また、魔女はファストファッションを取り入れたコーディネートを日々発信しており、著書の売れ生きも好調だ。
赤ずきん夫妻の洋品店は、のちにファッションセンターとしてチェーン展開することになる。
最大の魔法は、20年越しの遠回りした初恋を実らせて、妹の忘れ形見を育てることだろうか。