氷河期寓話 魔法をかけるシンデレラ
自ら灰を被っているシンデレラ
「シンデレラ、あなたいい加減にタバコ辞めなさいよ。」
私が幾つになっても母は相変わらずうるさい。
でも、父の連れ子だった私を養子に迎えて育ててくれた恩人だ。
「んー、辞めようとは思ってるのよ。」
義姉たちより私のほうがずっと家計に貢献しているし、学費を貯めて勉強もしている。
これくらいのストレス解消くらいいいじゃない。
二人の義姉はフリーターとヒキニートだ。
我が家の家計は母のパートと私のバイトで成り立っている。
勿論父が遺してくれたものや、学資保険のお陰もある。
母には反対されたのだが、私はクラブのキャストをしている。
大学の学費を賄うためだったが、今ではこの仕事にやりがいを感じている。
キャバほど騒がしくなく、お酒も付き合う程度、落ち着いた店だが昔ながらの厳しさもある。
言葉遣いやお礼状の書き方、所作や着こなしも徹底指導された。
幸い良い先輩に引き立てられてよく面倒を見てもらった。
お城勤めのシンデレラ
私はツイてる、幸せだ。
父が亡くなったとき、血の繋がりのない私を養母が引き取ってくれた。
先輩のお陰で、いまいち垢ぬけない私を変えることができた。
きっと若い間だけ、今だけはお姫様の振りをしてこの城で稼ぐんだとシンデレラは思っている。
学校を出て就職して、母に楽をさせてあげたい。
ある日、お客様から縁談の話を聞いた。
そうだここは高級クラブというお城、まるでガラスの靴のような縁が落ちていても不思議ではないんだ。
ガラスの靴
見合いというほどかしこまったものは男性側が嫌がるというので、お試しデートという話になり、当人を差し置いて皆は盛り上がった。
シンデレラは少しの準備期間を貰って、そのデートに挑むことにした。
デート当日、二人は無口ながらも悪い気はしないといった風で、少しぎくしゃくとしながらも駅までゆっくりと歩いて行った。
行き先はアキバ。
シンデレラは「姉」を見送った。
ヒキニートではあるものの、家事には協力的で料理上手な姉。
準備期間の間に磨き上げて、彼がいかに素晴らしいかを説き、ラインで連絡させたところ意気投合したようだった。
姉にとって彼はまさに王子様だった。
最初は姉の年齢より若い女性を希望していた王子にとっても、歳が近く同じアニメやゲームの話ができる姉は居心地が良かったようだ。
シンデレラは仕事で習得した魔法の一部、化粧と服選びを教えただけだったが、地味で青ざめた姉は「控え目で可愛らしい子」に変身した。
その控え目さもまた、王子の好みだったようだ。
その夜、王子の父上であるお客様が上機嫌でご来店くださり、皆で祝杯をあげた。
滅多に出ないシャンパンが空いた。
姉と同じく、しばらくヒキニートしていた王子が再就職の活動を始めたそうで、息子の笑顔を久しぶりに見たとお客様はお喜びだ。
「姉も嬉しそうにしておりました。どうぞこれからも宜しくお願いいたします。」
童話のシンデレラは城と金を見たが、このシンデレラは「人」を見てガラスの靴を譲り、魔法をかけた。
わたしの魔法はわたしが作る
姉の結婚とシンデレラの就職内定が決まった折、シンデレラは父の墓前に報告に行き、
父の好んだ銘柄のタバコに火をつけて供えた。
「お父さん、社内全面禁煙なんですって。だからこれが最後の一本。
私ははじめから灰かぶりなんかじゃなかったもの、幸せでした。
私はお妃じゃなくて事業を興して一国一城の主になりたいの。
お妃様は欲のないお姉ちゃんみたいなひとがぴったりでしょう?
私はガラスの靴なんか無くても歩いていけるから、お父さん見ててね。」
料理上手の姉が嫁に行ってしまったら、我が家の夕食はどうなるんだろう。
交代制かなあ、などと考えながら彼女は家路についた。